その服は愚か者や、その地位にふさわしくない者には見えない

megumimaginery2006-01-27

デザインのチュートリアル(個別指導)が昨日あった。


クリスマス明け最初の授業で、ポートフォリオ(作品集)の評価の日であり、かつ、私はこの先生が苦手なのでかなり緊張して出席した。


例によって、ダメ出しの連続で、作品提出の日にもかかわらず「こんな綺麗で高価な紙に印刷してはダメよ」なんて言われてしまった。で、作品のデザイン図案に修正を入れるべく「ここはヒップが膨らみ過ぎ、私のお尻みたいだわ」とか言いながら鉛筆で直してくれた。


あらら、先生、そんなことはないですよ、って口に出そうかと思ったが黙っていた。山のようなお直しに、殆ど誉めることもなく、次回へのアドヴァイスもなく私の順番は終了した。


最終学年になると、個々の学生の作風、才能の有無がはっきりしてくる。アートは才能次第だし、こちらは実力主義だから、差違は残酷に出る。私は「勤勉だが、あまり才能は無い」という特性を、露呈しなければならなかった。また、「雑だが手早い」という特性に関しては、先生は「雑」なところしか見ていない。才能だけで評価をするからだ。


38歳で裸一貫、大小のスーツケースだけでヒースローに降り立った時は、勉強が出来るというだけで幸せであった。「勤勉」だと言われることもあるが、授業の一つだって逃したくないし、先生が遅刻して来ることすら物珍しく面白かったのだ。


それが、先生にダメ出しを受けると、皆の前で不様な姿を晒して恥ずかしい、と苦しんでいる自分に変わっていた。その苦しみの本質は作品の完成度の低さへの反省ではなく、「見栄」の問題だったのだ。


先生は学生の懐を痛めて印刷した高価な紙に書込みをしてしまうことを気にして、あのような発言になったのだと、あとになってわかった。